戦う牛飼い!


東京のど真ん中霞ヶ関の官庁街に大型のトラックが現れました。荷台に載せられているのは多くな黒毛和牛。

吉澤「でも俺牛飼い農家だからやはり、牛飼い農家は逃げない。どんな事があってもこの300頭の牛達と残り人生を共にしたい」

福島県浪江町からやってきた牛飼いの吉澤正巳さん。原発事故後の国や東京電力の対応に抗議にやってきたのです」

吉澤「牛達は被曝事故の貴重な生きた証拠として学術研究の立派な対象になる。」

被曝した牛を集まった報道陣に見てもらおうと荷台から牛を降ろそうとします。

吉澤「どうですかみなさん」

報道陣「警察官が居て見えない」

一体何のためにここまでするのでしょうか。

吉澤「原発事故の後に起きた突然変異ですよ」

国や東京電力、そして放射能と戦い続ける牛飼い吉澤さんを追いました。


私達が初めて吉澤さんの牧場を訪れたのは一昨年の7月でした。入り口には物々しい看板。牧場は福島県浪江町にあります。福島第一原発からおよそ14キロの距離です。原発事故以前吉澤さんは牧場長として330頭ほどの和牛の飼育をしていました。

吉澤さんの父親は戦後満州から引き上げ千葉県の四街道で酪農を始めます。さらに牧場を広げようと40年ほど前浪江町に移住しました。両親が亡くなってからはお姉さんと共にこの牧場を仕切ってきました。

2011年3月12日福島第一原発の1号機爆発。前代未聞の原発事故が発生しました。廃墟と化した浪江町。牧場の運営がようやく軌道に乗った矢先の出来事でした。

吉澤「浪江町で国とかオフサイトセンター、県、東電、一切情報なかったですね。浪江町はテレビを見ながら町長が逃げようという決断をしてあっという間に逃げるわけですね」

3月12日浪江町の人々は北西の方角へと避難を始めます。これは事故当時の雲の様子です。14日浪江町周辺には雨が降り夜半雪に変わりました。福島第一原発から大量に放出された放射性物質がこの時、北西方向の風に乗って雨と共に地上に降り注ぎました。浪江町をはじめ広範囲が汚染されたのです。

吉澤「3月に出荷する牛達が出荷先から断られるんですよ。被曝したということで農場の全部の牛が意味なくなったと」

4月22日、国は立ち入りを制限する警戒区域を設定しました。しかし吉澤さんは牛を守るため牧場にとどまることを決意します:」

吉澤「警戒区域に残った牛達、かなりの牛が餓死したんだよね。農家の70件の酪農農家。それから100件近い和牛繁殖農家の中で部屋につないだまま逃げた人が結構いたんだよね」

警戒区域設定後人がいなくなった町中には多くの家畜が逃げ出していました。野生の猿たちも我が物顔で道路を歩いています。飼われていた牛達の中には半ば野生化しているものも数多く居ました。牛を放置したままにするのは問題だと国は判断。そして5月12日。

枝野幸男「20キロ圏内の警戒区域の家畜について原子力災害対策本部長から福島県知事に対し当該家畜の所有者の同意を得ていわゆる安楽死をさせるよう支持することにした所でございます。」

この指示に従い浪江町の農家に対し殺処分に同意してもらるように説明会が開かれました。

「牛は三ヶ月経ってもまだ死んだままなんですよ。なにやってんですか!」

しかし同意をした農家でさえ納得のいかないまま殺処分が執り行われました。無残にも殺された家畜たちは“放射性廃棄物”とされたのです。吉澤さんは国の殺処分指示に従わず牛達を生かし続けると決めました。でも、もう出荷することはできません。

吉澤「売れない牛、経済的な畜産の意味が無くなった。牛達の意味は果たして何なのか。わからなかったんですね」

取材当時牧場内の線量計の数値は毎時3-4マイクロシーベルトを示していました。そこは国の基準の10倍以上もある高線量地域です。この頃吉澤さんは牛を生かすための別の道を模索していました。

吉澤「被曝研究調査。被曝の状態を正確にわかる。牛達を調べることで被曝の状態が正確にわかるでしょうと。ああ、なるほどと。そういう生かし方があるんだと。生かしながらそういう牛達を調べれば原発事故の生きた証人として汚染状態を調べることができる」

吉澤さんのこの活動に共鳴し支援する人達も次々と現れます。

サポーター松田和子「警戒区域でもこうやって動物が生きているということは希望じゃないですか。それをこのせっかく一年も生き延びた牛を安楽死させちゃうのはやっぱりちょっと。ここの過酷な状況の中で結構元気でいるんですよね。それを捕まえて殺しちゃうというのは人間にそんな権利あるのかっていう」

原発事故から4ヶ月。吉澤さんたちはこの牧場を「希望の牧場・ふくしま」と名付けました。被曝した牛達を餓死や殺処分ではなく生かすための第三の道を選んだのです。しかし牛の体調に異変が現れ始めたといいます。

吉澤「今回医学大学の獣医科の先生に警戒区域の牛達も野生化してしまうんで、雄牛の去勢をやってもらったんですよ。70数等やった中でどうも血が止まらない牛が居ると。血管を縛っても大量出血が止まらない牛が何頭かいたんですね。やはり考えたのはやっぱりそういう牛がいっぱい出てきた場合、放射能との因果関係と結び付けられると思うんだよね。後、牛にもとうとう現れたと。要するに牛=人間だというようにも見られるわけですよ。大型哺乳動物だから。だから人間にもやっぱり当然影響は出てくると思うんだよね」

汚染された地域で生きる生き物達。遺伝子への影響を始め今後どのような異変が出てくるのか予測がつきません。


原発事故から一年余り経った一昨年の7月。吉澤さんは牛の体に白い斑点が出ている事に気が付きました。一年後には体全体にまで白い斑点が広がる牛も現れました。

「去年見たよりすごいですね」

吉澤「そうですね、原因は獣医師何人かに見せて『皮膚病ではない』と。バリカンで刈ってみると地肌が白くなっているんです。だから何だろうと」

吉澤さんは牛の体に現れた白い斑点は放射能の影響ではないかと考えています」

吉澤「やっぱり殺処分によって証拠をなくしたい。証拠隠滅という風に僕は受け止めているんですね。本当に地道のこれを知らせる努力をして、後色々研究者が関心を持って来てもらう。そういう場所にしたいんです」

体に現れた白斑。実は今から28年前に原発事故が起きたチェルノブイリでも同じような異変が報告されています。

こちらはチェルノブイリで撮影されたツバメの写真です。左が正常、それに対して右のツバメは喉の部分が白くまだらになっています。尾羽が不揃いの個体も確認されました。このツバメの異変を発見したのは長年チェルノブイリで放射能が野生動物に与える影響を調査している生物学者のティモシー・ムソー教授。

ムソー「チェルノブイリのツバメには羽が部分的に白化している個体がいる」

実は一昨年、私達は福島県南相馬市で白斑のある一羽のツバメを発見しています。子育て中の親鳥の喉元に白い斑点があったんです。翌年私達の発見を受けて日本野鳥の会も本格的に調査を開始。この年は南相馬市だけでなく福島県内各地で白斑を持つツバメが相次いで見つかったのです。まさにチェルノブイリで見つかったツバメと同じ異変です。尾羽が不揃いのツバメも見つかりました。

ムソー教授は福島でも原発事故直後から調査をしています。

ムソー「チェルノブイリと福島以外では見られない現象です。明らかに放射能汚染に関連しています。白斑ツバメは被曝の明らかなマーカーです」

今年8月に発表した論文で汚染地域での長期的な調査の必要性を訴えました。その中で放射性物質が生き物たちの遺伝子異常を引き起こしている可能性を指摘しています。まさに牧場の牛達は放射性物質の遺伝的に研究するための生き証人。白い斑点は一体何を意味しているのでしょうか。


去年10月。希望の牧場に新たな動きがありました。かねてより吉澤さんが要請していた白斑のある牛の検査に農水省が動き出したのです。

農水省 畜産振興課 鈴木一男「やることは吉澤さんからご要望がありましたけれど場内で白斑牛が出ているということもありますけれど、それの採材」

吉澤「放射能の影響がどういうところに起きるのかという所ですね。遺伝の影響も含めて今後しっかり国が調べる責任があると思うんですね。そうい意味では今日の斑点牛の問題について農水省や研究機関が来て材料を採取していくということはそのスタートに立ったと思うんですね。

動物衛生研究所 新井鐘蔵博士「牛の養頭数が360頭ぐらい?大体黒毛和牛っていうことですね、白斑が見られる牛が30頭ぐらい?」

吉澤「そうですね。それでひどいのが10頭ぐらい。10頭が前進に白斑が見られる」

今回は白斑のある牛の内5頭、白斑のない牛5頭の合わせて10頭を同時に検査します。まずは採血。血液検査で健康被害の状況を調べます。

「一部毛を採らせて頂いて」

問題の白斑部分の毛を採取します。次に毛を剃り肌まで及んでいるか確認します。この牛は毛は白くなっていましたが肌の部分に変化は見られませんでした。こちらの牛はどうでしょうか。

吉澤「やっぱりあったんですね。毛も白くなる、肌も白くなる。この牛は吉澤さんの言うように肌まで白くなっていました。果たしてこれは放射能の影響なのでしょうか。」

三ヶ月後の今年1月。農水省の検査の速報が吉澤さんの元へもたらされました。白血球の数は正常範囲。しかし重度の銅欠乏症が発生している。動物の体内で銅が少なくあんると下痢や貧血、そして脱毛や毛の褪色などの異常が見られるといいます。しかし報告書は放射能の影響について一切触れていません。

鈴木一男「放射線の影響や因果関係についてこれだけではわからないというのが結論。とりあえずひと通りやった結果ではそれ以外はそんな異常は見られないという感じになってます」

吉澤「わからないということがわかった?」

鈴木「今回採材した材料、お伺いした聞き取り調査のデーターから見ると中々そこまで特定できない」

しかし希望の牧場で去年から牛の健康管理をしている獣医師が長期的な調査の必要性を訴えます・

獣医師 伊東節郎さん「被曝したという経過の中で牛の今後をチェックしていくことが必要じゃないかなと思う。ずっと血液を採取していくなり一ヶ月に一度でもいいですから血液を採取して、1年、2年、3年、4年と続けその中で牛がどういう風に推移を観察していかないと放射能との因果関係はわからない。そういう事を調べて最期の終点で何もなかったなら何もなかったでいいんですよ。そういデーターを積み重ねることが大事じゃないかなと思ってます」

未だに放射能が生き物に与える影響は解明されていないことが数多くあります。しかし福島市でニホンザルの調査をしている研究者は原発事故後に生まれた猿に白血球の数の減少が認められたと報告しています。

吉澤「こうした汚染の地図。あるいはこうい汚染の詳しい地図。そういう物を見れば浪江町というのはもう放射能の汚染地帯として貼られた、これはレッテルみたいな物ですね。それはもうどうしようもないと思う。こういう所に自分の子どもたちは戻らないだろうし、ここで農業の再開なんてことはありうるはずがないと思う。農家は避難しながらずいぶん考えたんですね。もう自分の畑で野菜とか米作りはできないだろうと。牛が受けたひどい扱いはみんなの心に残ったのは挫折感ですよね、無念の気持ち」

大量の放射性物質を出し続けている福島第一原発、事故の影響は計り知れません。 生きとし生ける物全てがその被害を受けているのです。

しかし吉澤さんは諦めません。今年6月白斑のある被曝した牛の原因の徹底解明を求め農水省や環境省あど関係省庁に抗議にやって来ました。

吉澤「白斑症状の原因の徹底解明。被曝の影響の可能性を排除せずに染色体や遺伝子への影響調査を含めてやってもらいたい」

原発事故から三年半。風化が始まる中、牛飼い吉澤さんは今日も人々に問い続けています。


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