Slaughterhouse worker

タイソン社 塩素ガス事故

2011年6月27日。アーカンサス州のスプリングデールにあるタイソン・フーズ社の鶏肉加工工場で5人の作業員が塩素ガスにさらされる事故が起こった。その他50人が病院に運ばれて集中治療室での治療が行われた。これは意図しなかった二種類の化学薬品の混合によるものだとタイソン社は言っている。

この事故の影響によってスプリングデールの工場から300人の作業員が避難し、173人が病院で治療を受けた。アメリカの疾病予防センターによると塩素ガスは呼吸器障害の原因になり呼吸器の上部器官が狭くなり突然死に至ることもあるという。

タイソン社のスポークスマン、ゲイリー・マイケルソンは、食い違いがあって何人かの患者は査定されなかった。それはまだ被害が進行中だという。

タイソン社の副社長のドニー・キングは人的ミスによって偶発的に二種類の化学薬品が混ざりその副産物としてガスが発生した。

タイソン社は、どの二種類の化学薬品が混ざったのかの答えを断りました。しかしマイケルソンは、工場では塩素ガスを使っていないと言いました。

塩素ガスは一般的に鶏肉の殺菌のために使っています。

マイケルソンは、タイソン社が事故の原因を究明するまで議論をしないと言っています。

アメリカ疾病予防管理センター によると突然の塩素ガスの発生は、咳やのどの詰まり、ひどい胸のむかつきや嘔吐やその他の症状の原因になります。そして深刻なケースとしては肺が液体で

満たされてしまいます。

Chemicals hospitalize 173 Tyson chicken workers

08 02AW1783ストップ動物虐待 血塗られた屠殺場の壁の内側 2/2

憂慮する皆さん。スプリームマスターテレビジョン、ストップ動物虐待です。前回に引き続きニュージーランドの元食肉処理場作業員で動物権利擁護家カール・スコット氏のインタビューをお送りします。スコット氏は人生の大半を畜産業に何らかの形で関係してきましたが三十代でビーガンになってからは勇敢に声のない畜産動物を擁護しています。2011年4月氏は工場式畜産場の産卵鶏に対する非情な虐待について人々に知らせるために、そして世界中の鶏が毎日耐えているとても窮屈な環境を自ら経験するために31日間檻の中に閉じこもったことでメディアで大きく報道されました。私達はスコット氏に畜産業の雌鳥の生活をシミュレートするきっかけを尋ねました。

スコット「ビーガンになる前、私が非常に憂慮していたのがあちらの方に歩いて20分の距離にある国内最大の工場式畜産場でして、それから私の悩みの種でした。あるべきではないと思っていましたがそれについて何もしませんでした。しかし私は、ビーガンになって動物虐待を止めたいと思うようになりました。そして私はフェイスブックである記事を読みました。『バタリーケージの鶏の回想』です。それを読んでとても動揺しました。私は憤慨し悩みました。雌鳥の生活について雌鳥が書いたように書かれていました。それを止める方法は。私は考えました。その答えは宇宙から降ってきたと思っています。どこからともなく頭に入ってきました。『この声はどこから』と思いましたが、それは『檻には入れ』と言いました。私はすぐに思いました。『わあ。これはとても興味深い。様々な点で象徴的であるし他者の代わりに苦しむガンジーのようなアイデアだ』

人はすぐに象徴性を得ようとしますが、ではどうやってオリに入ればいいか。鶏のようにどうやって生活するか?その方法が視覚的に頭に浮かびました」

(ナレーション)
バタリーケージの鶏の人生のあらゆる面が限度を超えています。生後18週間で鶏は縦45センチ横50センチぐらいの檻に閉じ込められます。電子レンジよりも少し多くなサイズです。その一つの檻に5羽つめ込まれます。サイズや設計によって11羽もの鶏が入ることもあります。檻の中は過密状態です。鶏達は、残りの全生涯苦しみ続けます。羽を広げることも出来ません。鶏の羽は広げると平均81センチあるからです。またできるだけ多くの鶏を小屋に収めるため檻は積み上げられます。これは上の檻から下の鶏に糞尿が降りかかることを意味しています。

結果かなり不潔で胸が悪くなるような環境になりますし高濃度のアンモニアが目の上気道の治療不能な感染症を引き起こします。どの養鶏場でも約20000から12万もの鶏が一つの小屋で暮らしています。地面をついばんだりひっかくことができないので鶏達は互いを突き始めます。それを防ぐためにバタリーの鶏は大抵雛の時にくちばしをカットされます。熱した刃物で非常に敏感なくちばしの先端を切り取るという強烈な痛みを伴う手順で行われます。雛はまず生後一日でくちばしをカットされますが7週間後にくちばしが生えることもあるので再びカットされます。麻酔や鎮痛剤は投与されません。光条件や食べ物は雌鳥に卵を多く産ませるために卑劣に操作されます。一羽の鶏は一年に約250から300個産ませられます。野生の鶏が産む卵の猟は通常12から24個です。バタリーケージの不自然な状況は、若い雌鳥の生殖系にかなりの苦痛と様々な病気をもたらします。運動できない雌鳥はしばしば卵の破片で輸卵管を詰まらせ炎症を患い最終的には麻痺状態になることがあります。また卵が産めないほど大きくなることがあり、子宮が傷ついたり位置がずれる原因になります。毎日強制的に卵を産ませられているからです。

これがバタリーケージ雌鳥の恐ろしい人生です。檻での長期間の生活はどんな感じでしょうか。スコット氏はバタリー雌鳥のように生活をした体験を説明しました。

スコット「霜が降りたり寒い日もありましたが無事に切り抜けました。最後の数日は膝や足首が痛み固まっていました。もしも2ヶ月行って痛みが続くかと思うと3ヶ月行って痛みが増えるかと思うと雌鳥がどんな生活を送っているのか理解するのに十分でした。また私を悩ませたのはトイレのバケツを外に出てからにする必要があったことです。誰も来ませんからバケツが一杯になると自分で捨てなければなりませんでした。

その後私は以前居たテントの裏手に行って周りを確認しました。檻に入ってから一週間は異なる状況の変化を楽しく感じてはいましたが、この体験は本当に私を驚かせましたし、私達がどれぐらい目新しさや多様性、刺激を欲しているか実感しました。私は、訪れてくる人々、メディアの人々に映像を見せて意見を聞きました。鶏達の周りには、冷たい鉄の檻と仲間の鶏。それ以外ありません。それが彼等の人生です。正気ではいられません。文字通り正気を失うに違いありません。退屈ですから。全ての動物は目新しさや多様性、刺激を感じます。これは実際に私が理解したことの一つです」

(ナレーション)

食肉処理場で働いていた間スコット氏は羊の殺害に関連した様々な仕事をしました。そして罪のない繊細な動物達に対する多くの残虐行為を見ました。ある時彼は、牛の殺害ラインで働きました。食肉用に飼育された牛に対する虐待は本当に恐ろしいです。無力な牛達は繰り返し非常に熱い鉄で焼き印を押されます。焼き印は第三度熱傷を負わせます。

また雄牛は、麻酔なしで去勢され除角されます。牛達は飼育用地に詰め込まれて暮らし自分の排泄物の中を膝まで浸かって歩き、コーンと増量剤の餌を与えられます。動物の捨てられた部位、排泄物やおがくずも餌に混ざっています。その食事や非情に悲惨な生活環境は大抵病気に繋がります。しかも牛達は薬物や抗生物質を大量に投与されます。

食肉処理場に送るのに十分な大きさや体重になるまで生かしておくためで乳牛と同じ運命に苦しみます。その後の輸送や食肉処理も同じように飛散で痛ましいものです。牛達は電気棒で叩かれながら運搬車に乗せられ食べ物や水なしで風雨にさらされながら食肉処理場への長くストレスに満ちた旅に耐えねばなりません。輸送は牛達をかなり怖がらせます。

ほとのどが衰弱し旅に生き残れないか足や背骨の骨折に苦しみます。運搬車から歩いて出られない牛は鎖で引きずり出され苦痛で苦しみもだえ死ぬまで放置されます。それから牛達は、死の家に導かれます。

スコット「私は牛肉ハウスでも働きました。牛を殺す場所です。私を驚かせ胸に突き刺さったある出来事があります。誰か病欠したのでそこで働くことになりあmした。私はそこで作業員が牛を殺すのを一日中見ていました。牛達は処理場に入ってくると例えば羊の場合はやや当惑しながらも混乱しながら入ってきます。一部の羊は明らかにおびえていました。こんな感じでした。『何が起こっているのか。ここはどこ?』って。牛の場合もほぼ同じでした。『何が起こっているの?ここはどこ?』って怖がっていました。ここ悪い場所だここに居たくないと思っているようでした。『面白い場所だ』と思っている牛なんていなかったと思えます。皆、『居たくない』と思っていたでしょう。牛達はキャプティブボルトガンで殺されました。感電死ではありません。その銃は額を撃って意識不明にする銃だったと思います。私はキャプティブボルトガンが上手く作動しなかった場面を二度見ました。最初に見た光景は今も頭から離れません。作業員は撃ちましたが作動しませんでした。その牛は泣き叫びこのように頭を激しく振っていました。牛には明らかに意識があり人がするように苦しんでいました。作業員はかなり動揺していました。手が震えていました。もう一度撃って倒そうとしましたが銃を掴めません。しかし最終的に銃を撃って牛を気絶させました。作業員はあえぎながら周りを見渡しました。彼は私に気づくと後ろめたそうな顔をしました。生計のためだったら人は殺害に慣れ免疫がつくようになるものかと私は思っていましたが、彼は殺害を楽しんではいませんでした」

(ナレーション)

最後の凶悪な段階では、牛は後ろ足を鎖で繋がれ可動ベルトの上に逆さまに吊るされた後、頸動脈を切り裂かれ出血多量で死にます。スコット氏はビーガン。彼はなぜ慈悲深い菜食を選んだのでしょうか。

スコット「私は夢を見ました。深遠な夢でした。私は夢の中でイエスが仏陀聖人のような人と話していました。会話の内容は覚えていませんが、目が覚める寸前に私は彼を見て『私はビーガンになる』と言って急に泣き出しました。そしてこんな感情が私を襲いました。これは夢の中だけが正しい気持ちであると。私は起きると『わあー』そして理解しました。『私の答えだった』と。本当に意外でした。

おそらく宇宙が私に言ったのでしょう。『本を書け。さまざまなばしょに行け』とも。私がビーガンになる事は意外でした。でもそれが答えでした」

(ナレーション)

全人類が今後動物性食品を消費せず革の服や靴など動物性製品を購入しなければ動物を育てて虐殺するような畜産業の非情なサイクルは、永遠になくなります。私達は、スコット氏の繊細で知的な動物を保護する高潔な試みとその愛情を称賛します。あなたの感動的な物語を聞いた人がビーガンになりますように。カール・スコット氏の情報は、こちらをご覧ください。

http://www.vegsense.net/articles.html

Person in a Cage – For the Hens in Cages/span

07 26AW1776ストップ動物虐待 血塗られた屠殺場の壁の内側 1/2

カール・スコット「三階建の建物でした。同様の建物は広大な敷地内にいくつもありました。私は羊を殺して食肉処理をする“羊肉チェーン”と呼ばれる場所で働きました」

(ナレーション)
スプリームマスターテレビジョン、ストップ動物虐待シリーズです。今日から一週間に渡りニュージーランドの元食肉処理場作業員で動物権利擁護家のカール・スコット氏のインタビューをお送りします。食肉処理場の真っ赤な壁の裏側で行われる冷酷な虐待についてお話を伺いました。

スコット氏は人生の大半を畜産業に何らかの形で関係してきましたが三十代でビーガンになってからは勇敢に声のない畜産動物を擁護しています。2011年4月、氏は工場式畜産場の産卵鶏に対する非情な虐待について人々に知らせるため、そして世界中の鶏が毎日耐えているとても窮屈な環境を自ら経験するために31日間檻の中に閉じこもったことでメディアで大きく報道されました。まずはスコット氏に生い立ちについて伺いました。

スコット「私はニュージーランド、カンタベリー地方の南部の小さな田舎町で生まれました。ワイマテという町です。私はそこで小学校から高校まで通いました。その田舎町の主要産業は農業で畜産業が主でした。私が若い頃は養羊が盛んでした。もちろん牛や豚なども飼育されていました」

(ナレーション)
スコット氏の父は処理場の作業員でした。10歳の時、氏は工場式畜産で初めて働きました。鶏卵の洗浄の仕事です。その後12歳の時小遣いを得ようと友人に強要されて氏はボッサムを一般的にキツネやミンク、アライグマ猟に使われるような残忍なトラバサミで捕まえ始めました。

スコット「前日に罠を仕掛けて翌日の朝に確認しに行きます。するとポッサムがもがいています。足がはまっているので逃げようとしますがまず無理です。そしてポッサムの頭を叩きます。恐ろしい行為です。最初の猟の時のことは今でも覚えています。『やりたくない』と思っていましたが仕方なくやりました。その後は躊躇せずにやるようになりました。『やりたくない』と考える脳の一部を何度も遮断すればそうなります。私は最後の猟のことも覚えています。殺したという思いがまだ残っていました。その時私は罠を外してその場に放置しました。放置するのは生きている内に皮を剥いで毛皮を取るためです。皮を剥ぐ前に24時間かけて体温を低くします。私は一晩放置して翌日そこに戻りましたが動物は頭が半分潰れたまま、まだ生きていました。恐ろしいことです。

私は皮を剥ぐのを止め友人の所に行ってこう言いました。『こんなことはもうやりたくない』と私はそれから狩猟には一度も関わりませんでした」

(ナレーション)
高校卒業後長い失業期間を経てスコット氏は羊の食肉処理場の仕事に就きました。食肉処理場は地球で最も危険な職場の一つです。大きな事故が頻繁に起こっています。例えば2011年7月の事故です。米国オクラホマ州、南西部在住の26歳、M・レイパー氏が痛ましいことにソーセージ工場の肉挽き機に落ちて死にました。

Sausage factory worker Michael Raper dies after falling into meat grinder

(ナレーション)
氏は足が機械の強力な金属の粉砕あごにはまった時はまだ意識がありました。救急隊は機械から彼を自由にするのに二時間かかりました。病院に急送されましたが悲しいことに翌日4人の子供と妻になるべき女性を残して亡くなりました。

多くの人達は工場式畜産場を訪問していないので羊や子羊は食肉処理前に人道的に扱われていると信じています。でもそれは作り話です。食肉処理される前子羊は恐ろしい処置を受けます。生後数日で雄の子羊は生殖器にプラスチックリングを付けられます。リングは生殖器がしなびて抜け落ちるまで血液循環をカットします。この間子羊は痛みと苦しみを味わいます。鎮痛剤や麻酔薬は投与されません。

この残忍で冷酷なプロセスでショックを受ける子羊もいますし彼等は母親のお乳を飲むことが出来ません。大人の雄羊もその後殺される子羊を助けられません。しかし拷問はそこで終わりではありません。無力な赤ちゃんは雄も雌も耳にタグをホチキスで留められ『尾切り』をされます。この無慈悲な行為は寄生感染症を防止するためと思われますが科学的根拠は全くありません。

尾は残酷に切り落とされるかプラスチックリングで血液循環をカットしやがて抜け落ちるのを待ちます。角を切り落とされる場合もあります。成長を防ぐためですが子羊は角切り用の電気アイロンで火傷を負います。敏感な頭部を高熱で焼かれる間子羊は逃げようと必死にもがきます。スコット氏は食肉処理場の動物に対する恐ろしい残虐行為や拷問のような殺害をたくさん見てきました。

スコット「私は作業員達が『家畜棒』と呼ぶ物を使っているのを二回目撃しました。羊達が牧草地から帰ってくる時彼等は建物に壁の穴を通って入ります。私は彼等は壁の穴を通り抜けるのを見ていました。彼等は入ると、ある器具を頭と首の周りに押し付けました。そして電気ショックを与えました。理論的には意識不明になります。見ていると身体がピンとなってそのようになります。やがて動物は気絶します。時々器具が上手く作動しないことがあります。彼等は羊にまだ意識があるので再びスイッチを押します。私は失敗したところを数回見ました。バン!失敗してバン!バン!彼等はそうやって気絶させます。二回ぐらい見ました。私は家畜棒の現場を数回しか目撃していないので、どのぐらい失敗するのかわかりませんが、その時にも殺害を失敗するのを何度か見ました。実際の統計比率は、分かりませんが、私は、羊が意識を回復したのを何度か現場で見ました。

意識を取り戻した羊にとって恐ろしいのは捕まえられて牧草地に送られることです。そして全過程が繰り返されます」

(ナレーション)
オンライン記事の『ビーガンになった食肉処理場の作業員 変わった遍歴』でスコット氏は羊が『家畜棒で』経験する最大の恐怖について詳しく述べています。『時々羊が建物に入っていく羊にとってそれは、悪夢に違いない。羊は何度か私が働いていた三階上のフロアに来たことがある。作業員の多くが羊を笑っていた。その羊は怖がっているように思えた。私は笑う気になれなかった。

スコット「羊の内臓は運搬機で運ばれてきます。そのステンレス製のトレイには羊の内臓が詰まっています。私の仕事は内臓を分類し加工してステンレスの傾斜台に落とすことでした。吐き気を催すような嫌な仕事ですが数日後には何も考えなくなるようになります。目の前を死体が、死んだ羊が過ぎるのを見ていても最初の数日でそれがシュールに感じ最終的には無感覚になります」

(ナレーション)
圧倒的な激痛に耐えている非情に繊細で知的な羊達を見てスコット氏も自分が切り刻んでいる死体に関連する問題に気付き始めました。

スコット「私がトレイの内臓を加工している時には初夏から秋にかけてですが病気や傷んだ内臓も見ました。私は一部の動物が健康でなかったことに気づきました。卵を産み付けられた動物も見ました。まだ蛆が這っていました。それは20分前にはまだ生きていた羊です。その肛門の周りを蛆が這っていて肉を食らっていました」

『ビーガンになった食肉処理場の作業員 変わった遍歴』でスコット氏は羊肉が最愛のペットの餌になっているという衝撃的な事実も明らかにしました。『私はその後死体加工の仕事をした誰かが病欠してペットフード部で数日間働くことになった。驚くべき経験だった。そこの臭いは最悪だった。作業員は大樽に人間の食べ物に合わないような残った肉を放り投げて長時間煮ていた』

その後スコット氏は、食肉処理場を辞めビーガンになりました。バタリーケージの狂気を主張するために自ら檻の中で過ごしている間氏はより良い世界に変えねばならないと痛感しました。

スコット「檻での生活について人々は今も言います『君は英雄だ。すごいことをした』と。しかし私は人々にこう答えます。『世界を変えるために盛大なことやクレイジーなことをする必要はない。小さな事の積み重ねが大切だ』と。

どんな小さな一滴もバケツ一杯に集まれば、やがて溢れだすでしょう。そのバケツはいわば善で出来た世界です。私達が一滴を加える毎に善が集まりやがて溢れ出します。それはユートピアの達成を意味します。

私が生きている間は無理かもしれませんが必ず達成できます。私達の言葉や行動の全てが他者や動物や自然に影響します。私達が買う製品や世界を少し良くしたり少し悪くしたり、非情に良くしたり、非情に悪くします。

それは蓄積します。世界を滅ぼす人を捕らえて止めるということではありません。私達は善であり悪です。多くの人々が世界に小さなダメージを与えています。例えば広げて言うとバケツから全の一滴を取り出す人々が沢山居ます。私達は人々に取り出すのを止めさせ加えさせなければなりません。現状はほぼ空っぽ。ほとんど空です」

(ナレーション)
『バケツを満たせる』最高の方法とは何でしょうか。それは有機のビーガン食です。皆が慈悲深く健康なビーガン食をすれば毎年食肉処理される560億匹の陸生動物を無数の海洋生物の苦しみを終わらせることが出来ますし、ビーガン生活は畜産業に起因する深刻な環境破壊の防止にも繋がります。例えば土地荒廃や森林伐採、汚染、生物多様性の損失、気候変動などです。そして人々はより健康になり、高血圧や癌、糖尿病患者が減ります。

皆が菜食をするようになればバケツを満たし地球に天国を創ることが出来ます。カール・スコット氏の動物虐待を止める高潔な勇敢な試みを私達は称賛します。あなたは真のビーガンヒーロです。世界を変える決意は称賛に値します。カール・スコット氏の情報はこちらをご覧ください。

http://www.vegsense.net/articles.html

From Slaughterhouse Worker to Vegan. A Strange Journey.doc

本日の番組をご覧下さりありがとうございました。

Slaughterhouse Workers Rough Draft

屠殺場での動物の扱いはよく知られていて殆ど受け入れられている。しかし殆どの人は他の面について知りません。

何が最も屠殺場で危険なのか。それは動物に起こる事ではありません。それはそこで働く作業員に起こります。New York Times.

1960年代に企業は屠殺場の作業を変革しました。屠殺場の作業の流れはとても速くもっとも安い賃金の仕事の一つです。屠殺場の作業員の給料は普通の仕事の1/3以下です。平均的な給料は年間21000ドルです。他の一般的な工場では年間33500ドルです。

作業員は加熱した電動ノコギリでひどい火傷をする事があります。

作業員はソーセージ製造機で指を切断する事があります。

作業員は回転切断機の刃で首を傷つけられて入院する事があります。

作業員はチトリンズ(豚の腸料理chitlins)製造機で指を切断する事があります。

作業員は動物を吊るすフックで目を怪我します。

作業員は肉切断のこぎりで腕を切断する事があります。

作業員は肉柔軟機械にはまってしまって腕を切断する事があります。

作業員は、獣脂火で火傷をする事があります。

作業員はコンベアに頭を挟まれて死ぬことがあります。

アンモニアが漏れて、一人の作業員が亡くなり、8人が傷害を受けました。

肉挽き機に腕を挟まれた作業員が亡くなりました。

作業員は剥皮機のチェーンで斬首される事があります。

作業員は皮なめし機で頭を粉砕される事があります。

作業員はスタンガンで死ぬ事があります。

作業員は腸調理器にはまって死ぬ事があります。

今、その時訪問者は涙を流しました。しかし屠殺機械は稼働し続けます、訪問者が来るか来ないかに拘わらず。それは地下で行われる酷い犯罪行為のようです。全て見えない、誰も関心を持たない。我々の視線からと記憶から埋もれた所に。

アプトン・シンクレア著“The Jungle”から

 

Killing Ourselves – Mass Murder For A Living: Slaughterhouse Workers

ストップ動物虐待では毎年何億もの動物が無情に殺されている食肉処理場で働く作業員への悪影響について取り上げます。食肉処理場で働くとはどういうものなのか?食肉処理場は大抵動物を安価で速く殺害して処理するために製造ラインを用います。作業員は安い賃金で雇われており、その仕事は下劣で陰惨て反復的です。

作業は毎日吐き気を催すような流血と死の場面に耐えねばなりません。作業環境は非常に危険です。食肉処理場で働く多くの作業員は他に家族を養う方法が無いので我慢して働いています。このトラウマとなる作業の代償は大きく作業員の身体や感情と心、精神の健康を奪います。

英国の鶏肉処理場で以前働いていたご夫婦に仕事の内容を説明していただきました。

ロバート「鶏肉工場では様々な種類の作業をしていました。最初は生きた鶏を吊るす作業でした。鶏達を次の解体過程に繋がるラインの上に置きます。そのための作業が完了したら今度は死んだ鶏を吊るす作業をしました。

アンジェラ「私は工場のラインで働いていました。鶏の胸肉と腿肉を選別するラインでした。それを箱の中に何グラム入れるか決められていました。箱に合う形を選んで並べていきます。箱の中に入れた鶏肉が整っていることが重要でした。私達は常に違うラインにいましたが、そのために鶏肉をはさみで切り取る他のセクションがありました」

ロバート「要点はまるて動物のように極寒の環境で働かされたことです。最悪の環境です。休憩なし、休みなし、作業着の支給なし」

(作業着も?)

ロバート「ないです。ゴム長靴だけはありましたが、使い回しで履いていました。前の人が漏らしたら濡れたゴム長靴で働かなければなりません」

(ナレーション)
これら残忍な殺害工場は、かなり大規模です。世界最大の処理場は、ある米国の企業により運営されており32000匹の豚を一日に殺します。また米国だけで毎秒270羽の鶏が毎年約85億羽の鶏が殺されます。多くの罪のない動物を殺して処理する作業員は常に迅速に働けというプレッシャーの下で殺害製造ラインで働き続けます。

アンジェラ「機械がありました。機械が至る所にありました」

ロバート「非常に強力な機械がありました。作業員は、鶏を一羽ずつ右または左側から入れていきます。その手は機械のように素早く作業します。その時でさえ怒鳴られながら正確に作業します」

アンジェラ「こう怒鳴られます『もっと速く!』遅ければ会社を辞めろと言われます」

(ナレーション)
食肉処理場には、作業環境よりも極めて不快な一面もあります。

ロバート「工場の徹底した考え方のため動物虐待のため生きるチャンスが動物達にはありません。それがとても嫌なことでした。私達は心を毎日ずっとかき乱されていました」

アンジェラ「私達は毎日鶏を吊るしました。そして私は毎日大量の肉を、死体を、大量の死体を何千羽、鶏の死体を何千羽も見ました。私は1月に1年に何千羽の鶏が死ぬのかよく考えました。それらは全て生きていたのです」

ロバート「そしてこのように動物虐待の役割を果たしたことは、最悪に思いました。私達が苦痛を与える状況で殺すためだけに動物を育てて食べているという事実を考えると最悪に思いました」

(ナレーション)
来る日も来る日も無感覚に無数の死を目撃すれば精神状態がかなり破壊されます。「食肉処理場の悪夢」「食肉処理場の作業員が被る精神的危害と法改正を通した救済の可能性」というレポートで米国のジェニファー・ディラード弁護士は作業員の被る心的外傷後、ストレス障害を含む様々な精神的問題を調べました。さらに、本「食肉処理場」でゲイル・アイスニッツ、人道的農業協会の調査局長は、この暴力的な職場の深刻な精神的影響を説明しました。多くの作業員がこれらの死の工場で残忍な殺害を絶え間なく見ることで苦悩し続け、しばらくすると退職します。

ロバート「私達は事実を自分達も見なければならなかったこと。人が動物にしたことを申し訳なく思います。あそこでの出来事が自分達がしたことが忘れられません。私にとって最悪の経験でした」

アンジェラ「誰にも経験して欲しくありません。動物の扱い方は申し上げたように21世紀に人が動物にしたことは醜悪で恐ろしい光景です。殺人と同じです。全てが血にまみれていますが、鶏はまだ生きています。もう頭がないのに身体は生きている。恐ろしいことです」

(ナレーション)
作業員は自分が殺す動物の感情をどう考えているんでしょうか。食肉処理場の元作業員、エド・カレスさんは、今はビーガンです。個人的な経験からお話していただきました。

カレス「私は牛肉処理場の食肉搬送区画主任の息子として育ちました。ベトナム戦争から帰還した私は、父が働いていた食肉処理場に行き職を得ました。その当時私は、かなり陰惨な光景を何度も見ましたが自分がどの程度鈍感になっていたか分かりませんでした。殺されることになる牛達を見ました。本当に衝撃的でした。この牛達は何のために地球に生まれたのか?私はこの質問を何度も自問しました。私は家畜輸送車の囲いから見の危険を感じた牛達が飛び降りるのを見ました。通りを走って逃げ、正面から来る車に衝突する牛も居ました。牛達は死を感じ取っていました。それを見た時私は愕然としました。

何て残酷な!私は戦争から帰ってきてから様々な種類の虐待と死、殺害を見てきました。仕事とはいえあらゆる残虐行為をそこで見ました」

(ナレーション)助けを求める動物の悲痛な叫び声や血や糞尿に常に囲まれている食肉処理場の作業員は、それに対処する方法を見つけようとします。

カレス「私は最終的に鈍感になりました。しかし心の底では、ここは間違っていると気づいていました。明確ではありませんが作業員は、残忍な生活を送っていました。仕事中朝早くからずっと動物の死体を車に積んでいました。そして夜は一晩中飲んで泥酔しました。その繰り返しです。飲みに誘われましたが私は行けませんでした。

今振り返ると彼等には必要でした。お酒が彼等なりの正気を保つ方法でした。私は自分を含め周囲の人々と平和でありたかった。しかしあそこに平和はありませんでした」

(ナレーション)
カレスさんによるとこの残忍な作業は別の結果を生みます。

カレス「作業員達は、ささいなことでも思うようにいかないと怒って暴れました。酒を飲むと大抵何でもない事で喧嘩しました。最もつらい人は最も重いものを持ち上げて尊敬を集めるような人でした。しかしその小さな人は何かを持ち上げるとふらふらします。つまりフック、大きなフックに肉片を引っ掛けて搬送区間に運びますがふらふらするのでカットして積みます。喧嘩は何度もありました。意味のない喧嘩ばかりでした。私は別の道を探す必要に迫られ結局そうしました」

(ナレーション)
食肉処理場の作業員の中には単に気晴らしのために動物を傷つけたり殺すような死ぬことに無感覚で慈悲のない人も居ます。英国の元作業員レス・イングラムさんは、そのような事件を振り返りました。

イングラム「一人の若者が居ました。彼はある日飼育区画に行きました。彼は骨取り用のナイフを携えていました。囲いには子羊がたくさんいました。彼は囲いの中にナイフを突き刺して羊の横腹を突き刺しました。私は言いました。『何してるんだ?』食肉処理場で働く人にとって動物の殺害は日常生活の一部です。殺すための場所だからです。ですから深刻な影響を受ける人も居ます。それに上手く対処できるかどうか。その対処法が役立つかどうかに関係なくある人は対処し、ある人は対処しません」

(ナレーション)
食肉処理場の近くで生活する人々も残酷な雰囲気による影響を受けるでしょうか?豪州のジェイレーン・マスグレイブさんは、父親が食肉作業員のビーガンです。彼女の幼少時の話です。

マスグレイブ「毎晩ベッドの中で牛の鳴き声を聞いていました。その声からは牛達の恐怖が感じられました。その間にずっと気分が悪かったです。可哀想な牛達が監禁されて何をされているか知っていたからです。その事は私を常に不安にさせました。私はもう二度とあのような所の近くに住みたくはありません」

(ナレーション)
食肉処理場の作業員は動物を殺害する一方で消費者に食肉を提供するシステムの一部でもあります。従ってこの残忍なサイクルを止める唯一の方法とは菜食をすることです。

マスグレイブ「動物性製品を消費する人々は食肉処理場を訪問するべきだと本当に思います。食肉処理場の作業員は消費者のために辛い仕事をしています。ですから肉を食べたい人が自分自身で動物を処理すれば世界にビーガンはもっと増えるでしょう」

(ナレーション)
作業員は凶悪な仕事にどう対処するのか?対処できない時はどうなるのか?家庭生活にどんな影響を及ぼすのか?来週火曜日のストップ動物虐待も是非御覧ください。食肉処理場の作業員が直面する恐怖に関するこれらの様々な質問は次週最終回でお答えします。思慮深い皆さん本日の番組をご覧下さり感謝します。地球上の全生物が平和と威厳に満ちた生活を送りますように。

Endangering Life: Working at a Slaughterhouse (1/2)

(文字起こし)

これからお届けするスプリームマスターテレビジョン、ストップ動物虐待です。今週から二週に渡り食肉処理場の作業員を取り上げ地球で最も危険な職場の一つ、食肉処理場を詳しく見ていきます。またどうして肉の消費が身体、感情、心、精神の健康を損なうような強烈なトラウマを食肉処理場で働く人々に毎日与えることになるのかを調べます。

1906年、米国の肉売上高は、アップトン・シンクレア著の「ジャングル」出版後50%減少しました。当時の食肉処理及び食品加工業における衝撃的な労働条件を描いたこの小説はその後米大統領セオドア・ルーズベルトに食肉産業全般の法律を改善させるに至りました。シンクレアの本の出版から一世紀が経ち米国市民は100年前よりも多くの肉を食べています。「ジャングル」の恐ろしい描写は殆ど忘れられスーパーでパックで売られる青白い肉の背後にある恐ろしい物語は市民にとって今も大部分が謎のままです。1997年食肉産業の秘密は別の米国人作家により再び明らかにされました。ゲイル・A・エイスニッツ、人道的農業協会の調査責任者です。その賞を受賞した本「食肉処理場」でエイスニッツさんは、動物に対する残酷な扱い方や病気に汚染された製品、恐ろしいほど不潔で危険なこの大量殺害施設の労働環境を説明しました。本は多くの元食肉処理場作業員のインタビューに基づきます。食肉処理場で200万時間以上働いた人々です。

多くの元作業員がこれら死の施設のコンクリート壁の裏側で何が起こっているか証言するために名乗り出ました。例えば、故バージル・バトラー氏。米国の大規模な鶏肉処理場で働き退職後は動物と人間の権利を主張するビーガンとなり8時間シフトで8万羽もの鶏を殺さなければならない。これらの殺害施設の非常識な労働条件を公にしました。

バトラー「私は小さな村落で生まれました。そしてアーカンソー州北西部の南オザークで育ちました。14歳の時に初めて世界の食肉産業は鶏を捕まえました。高校時代は鶏を捕まえるのが日常でした」

(ナレーション)
数十年に亘って米国を含む世界の食肉産業は規模を拡大し更なる利益を追求してきました。その結果過度な動物虐待や作業員の怪我が日常となり、糞便、膿、病原体や化学製品や薬品で汚染された実に不快な製品が大量に生産されました。

ネイサン・ランクル「作業員は、一日中働きます。動物を拘束し、死に至らしめ、喉を切り裂きます。暴力的な職場です。身体的に危険で過酷なだけでなく作業員自身の感情にもダメージを与えます。ですから私達は食肉処理場は、この国で最も危険な職場の一つであるだけでなく、多くの作業員が日常的に多くの虐待と暴力を目撃しなければならないことから精神に苦痛を覚える職場だと考えます」

バトラー「怪我や病気は非常に多いので全てを挙げるのは難しいです。私は腰や膝、手首や指関節、肘や肩の関節炎を患いました。誰もが患う病気です」

(ナレーション)
バトラー氏の証言は稀なケースではありません。ヒューマン・ライツ・ウォッチのレポート「血と汗と恐怖、米国食肉工場における労働者の人権」では、面談した殆ど全ての食肉処理場作業員が「その傷跡に、腫れ、発疹、切断、盲目を含む苦しみに反映される」重症を負っていました。

本「食肉処理場」で元作業員のエド・ヴァン・ウィンクル氏は首の傷跡について次のように回想しています。

「私は頸部を切り裂かれた。怖かった。縫合は食肉処理場では日常茶飯事だ。私は縫合に耐えられる。時々切られることも耐えられるが喉を切られることは耐えられなかった」

(ナレーション)
米国労働省によると食肉処理場作業員の3人に1人は、作業中の怪我や病気に苦しみます。実際の率はさらに高いと思われます。報告することで仕事を失うのが怖いからです。たとえ報告しても彼等の主張は経営者に退けられます。保険料の上昇を防ぐためです。食肉処理場での怪我発生率を高める主な要因は工程のスピードです。毎年600億匹の動物が世界中の食肉用に殺されます。米国だけで毎秒270羽の鶏が虐殺されます。このような速さで罪のない動物を殺す作業員はより短い時間で多くの動物を殺すように要求されます。大きな処理場では毎時400頭の牛、1100匹の豚、8400羽の鶏が殺されます。作業員は殺す速さを維持するため工程が遅れないよう驚異的な数の動物を毎分殺さなければなりません。2009年ヒューマンライツウォッチのレポートによると豚肉処理場の作業員がこう述べています。

「工程はとても速い。ナイフを研ぐ時間もないほどだ。ナイフが鈍いと切りにくくなる。自分で自分を切った時にやっとその痛みに気づく」

(ナレーション)
以前食肉処理場で働いていた看護師は「治療室に来る裂傷を負った人の数で皇帝スピードを当てることができた」


スプリームマスターテレビジョンのストップ動物虐待を御覧頂いてます。本日のテーマは食肉処理場の過酷な労働環境です。食肉処理場の工程スピードが増すと動物は大抵暴れだし次の位置に送られる前に出血することもあります。工程速度を保つために作業員は対応し逃れようと暴れるまだ意識のある動物を切らざるを得なくなります。多くの作業員の怪我は牛や豚が発作的に動くことに起因しています。後ろ足を吊るされ切られた喉から出血
。強烈な痛みと恐怖から嘔吐や排尿や排便をします。家禽の場合、電気銃のアンペア数は動物を気絶させるほど高く設定されていませんが、適当な位置に羽を持つ筋肉を緩めるのには十分です。

この残忍な目的は血管を破裂させることなく羽を落とすことです。肉が「好ましくない」血の色になってしまうからです。まだ意識のある鳥は喉を電動ナイフで切るまで移動ラックに鳥を吊るしている作業員を蹴り、噛み、引っ掻きます。

バトラー「私達は8時間で9万2000匹の鶏を殺しました。その時は、私達が作業を始めてから30分ほどで機械が故障しました。殺人機械が故障しました。それでも作業は終わりません。修理をします。機械を引きずり出しに二人の男が来ましたが工程ラインは復活しませんでした。一人はナイフを持って立ったままです。アーロン・ハリスはその後夜中機械無しで殺しました。その機械は失敗することなく1分間に186羽の鶏を殺します」

(ナレーション)
工程の作業員は刻々と吊るされた動物が生きていようとも、もう死体であろうとも繰り返し同じ行動を取るのが普通です。反復性が非常に高い作業であるためストレス障害に作業員は悩みます。元鶏肉加工所作業員はこう述べています。

「私はライン上に生きた鶏を吊るした。ぐっと掴んで掛けた。毎日何時間も休むことなく。しばらくするとあることが起こる。腕を突き出すたびに手が凍りつく。今の私を見て。まだ22歳なのに老人の様だろう」

(ナレーション)作業員の重傷はコンクリートの床での転倒が原因です。床は、血、尿、嘔吐物、体液でまみれています。ある作業員がこう回想しています。

「私は床の残余物に滑って転んだ。背中、おしり、足に激痛が走った。全く歩けなかった。会社の医者に『大丈夫作業に戻れ』と言われた。しかし私は痛みで立てなかった。病気休暇を取ったら時間のロスを理由に私は解雇された」

食肉処理場の機材や作業スペースは動物の血や臓器の残余物、膿や、条虫であふれています。ある調査の後、ジョー・フェイビー氏、全米トラック運転組合に所属する元食品加工業代理人はこう述べました。

「みんな泣いていた。話を聞くとシフト全体に下痢が広がったのに監督者は作業員を洗面所に行かせないそうだ。病気の動物から生じた病原体などの汚染物質は致命的です。食肉処理場には、しばしば外傷や肺炎や癌を患った家畜が売られてきます。細菌やウィルスなど病原体は動物の排泄物、嘔吐物、血、直接接触、汚染された空気を通じ作業員に移ります。

米国ジョンズ・ホプキンス大学、ブルームバーグ公衆衛生学部教授エレン・コープナー・ジルベルゲルド博士による研究では、鶏肉加工場作業員の50%が米国第二位の胃腸病の原因である細菌のカンピロバクターに感染していることが判明しました。話はこれだけではありません。餌に含まれるペニシリンやテトラサイクリンなど抗生物質の乱用で動物の起因する細菌のいくつかは抗生物質耐性細菌です。例えば、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌、つまりMRSAは、既存の薬が全く効きません。これら致命的な病原体は作業員からその家族に移り、そしてさらに地域に広がります。

食肉処理場の環境はアレルギーを誘発する病原体でいっぱいです。病気の再発や喘息、死に繋がります。ヒューマン・ライツ・ウォッチとの面談である作業員はこう述べています。

「私は仕事で風邪と呼吸器疾患を患っている。それに腕の手に赤い発疹があり、指の間の皮膚は乾いてひびが入っている。豚に対するアレルギーだと思う。しかしこの症状は誰にも言えない。解雇されるのが怖いからだ」

大きな利益を得るため貪欲に操業する処理場経営者は有害な化学物質を使います。例えば肉製品を新鮮に見せる一酸化炭素や肉内部の何百万もの微生物を殺すアンモニアです。これらの物質への接触は作業員に多大な健康被害をもたらします。数多くのアンモニア漏れが精肉工場から報告されています。例えば2010年8月米国アラバマ州セオドアの鶏肉冷凍工場での事故、作業員130名が治療を受け7名が集中治療を受けました。肉の消費のせいで食肉処理場の作業員は危険で暴力的な環境で心から苦しみながら懸命に働いています。大量に殺され市場に売られて肉のパックにされる穏やかな動物達も環境に苦しんでいます。皆がオーガニックビーガンの食事を選ぶことで殺害に終止符が打たれ人々が肉料理のために過酷な環境で働かなくて済む日が訪れますように。憂慮する皆さん。来週の日曜日ストップ動物虐待。食肉処理場の環境に関する特集第二部も是非ご覧ください。本日はご覧下さりありがとうございました。

Killing for a Living: The Traumatic Consequences of Slaughterhouse Work

(文字起こし)

チンハイ「人々が生きていて呼吸し愛のある優しい無実の動物を殺し口に入れなければならないなら止めるでしょう。ただ多くの人々が残酷さを知らず動物が食肉処理所で陰惨に殺されているのを知らないからです。彼等は知りません。考えないようにします。彼等は一切れの肉を生きていて呼吸し愛のある優しく親切な純真な愛情あふれる生き物と結びつけて考えません。関連付けません。しかし外に出て自分で殺すことになったら彼等はしないでしょう」

(ナレーション)

今週のストップ動物虐待は前回に続き食肉処理場の作業を取り上げます。毎年世界で6百億匹の動物が殺されます。その多くが食肉処理場。作業員に殺されます。食肉処理場は大抵動物を安価で速く殺害して処理するために製造ラインを用います。作業員は安い賃金で雇われておりその仕事は下劣で陰惨で反復的です。作業員は毎日吐き気を催すような流血の死の場面に耐えなければなりません。作業環境は非常に危険です。このトラウマとなる作業の代償は大きく作業員の身体や感情と心精神の健康を奪います。米国農務省の統計によると2008年米国では1時間につき4032匹の牛、13248匹の豚、100万羽以上の鶏が殺されました。毎日何時間も食肉処理場の作業員は罪のない動物に対する終わりのない殺害に携わっています。レス・イングラムさんは、英国の元作業員です。彼は動物をキャプティブボルトガンで気絶させることから始まる残酷なプロセスをよく覚えていました。

イングラム「キャプティブボルトガンは筒に似ており頭に接触させます。接触すると爆発して頭蓋骨にボルトが打ち込まれ穴が開きます。そしてその穴にピッシングのワイヤーを挿入し巻き上げます。頭蓋骨にねじ込んで押し出します。巻き上げると脳が破壊されます。その次は言うまでもなく動物の流血です。喉が切られ血が搾り取られます。周囲は血まみれです。搾り取られると次のラインで皮が剥ぎ取られます。牛専用の発砲場所は角にありました。牛を運ぶ通路が飼育区画から発砲場所に繋がってました。通路の長さは9メートルぐらいです。ですから通路や飼育区画の牛達にはこの建物の構造により起こっていたことが絶対に聞こえていたと思います。その匂いも嗅いでいたはずです。発砲場所に運ばれた牛のほとんどがおびえていたように見えましたからね。『気づいている』と私は皆に言いました。一部の牛は、そのボックスからジャンプして乗り越えて出ようとしました。しかし高すぎて牛には無理でした」

(ナレーション)

イングラムさんは食肉処理場に来た人々の反応について回想しました。

イングラム「私達は食肉処理場にやって来る人を中に入れました。それはつまり学生グループ、例えば獣医のような専門的職業に就こうとしていた人達です。食肉処理現場に入ると同時に殺害の場面を見ることが出来ました。彼等は血や叫び声に満ちた殺害の光景を見て吐き始めます」

(ナレーション)

血、糞尿、膿、動物の部位、切断された臓器に囲まれたこの残酷な仕事は作業員の身体の健康に悪影響を及ぼします。2006年から2008年の間米国インディアナ州とミシガン州にある豚肉処理場の24名の作業員が神経麻痺の病気を患いました。その作業員達は皆高圧縮空気を用いて豚の頭蓋骨の穴から脳を除去していました。医者は後日病気の原因は豚の脳組織の微粒子の吸引だと診断しました。もう一つの深刻な問題は、残酷な環境が食肉処理場作業員の精神状態に与える破壊的な影響です。

ジェイレーン・マスグレイブさんは、豪州の動物保護団体「ビーガンの戦士たち」(Vegan Worriors)の設立者です。食肉処理場調査官の彼女の父親は仕事で心身共に深刻な影響を受けました。

マスグレイブ「食肉処理場で死体を調べるのが仕事でした。病気の有無を確かめ、人が食べても良いかどうか調べるためでした。しかしそれは父が病気があった場所で殺される動物の周りに頻繁にいた事を意味しています。その結果父は病気になりました。父は仕事で患った病気を治すためにかなり長い間病院に居ました」

質門「身体の健康と同様に彼の精神面つまり心の健康にも影響はありましたか」

マスグレイブ「はい、そう思います。当時はかなり短気でしたから。毎日暴力や死に対処しなければならなかったので、精神的に影響が出たのでしょう。その影響は悪い方向に出ました。父はお酒を大量に飲み始めました。眠れなかったからかもしれませんが父が飲むようになったのは、お酒は感情を鈍くするからだと思います。処理上で働く人は大抵男性でほとんどの人がたくさん飲みます。

残念なことに飲酒は家庭内暴力に繋がります。それは処理場での毎日の作業に関係があると思います。自分がしたことを認識しながら家に帰るとどんな影響が出るか私は考えました。その当時は、アルコールが一般的だったでしょう。しかし今では薬に手を出す人が多いと思います。対処するために頭から拭い取るために」

(ナレーション)

マスグレイブさんの父親と同じようにイングラムさんとその同僚たちも仕事のストレスやトラウマを遮ろうとしました。

イングラム「ええ、作業員の多くは酒の助けを借りて対処していたと思います。私は仕事が終わると地元のサッカークラブに行って毎晩終了時間まで試合しました。これは一日で抱えたものへの対処法の一つです。ストレスを頭の隅に追いやる方法です。ダーツやトランプ酒なら少しなら良いです。作業員の多くはそうすることでしか状況に対処できませんでした。私が居た処理場で働いていた作業員の一人は母親で新しいウイスキー瓶を用意していました。そして更衣室を何度も行き来します。ウイスキー瓶はその日の間に空になりました」

(ナレーション)
食肉処理場の作業員の行動は時々職場に満ちた狂気を明らかにします。イングラムさんが処理場での恐ろしい事件を回想しました」

イングラム「ある夜、作業員たちが雌羊を処理していました。その雌羊の多くは妊娠しており出産間近でした。ですから当然処理プロセスの間に子袋が取り出されます。子羊は子袋に入ったままです。そしてかなり大きな子袋がありました。彼等は切開し、子羊を取り出すと紙タオルで口の周りを拭い数回息を吹き込みマッサージをしました。すると子羊は呼吸し始め生き返って動き出しました。しかしこれは数分の気晴らしでした。彼等は言いました。『もういいだろう。仕事に戻るぞ』彼等は当然のように喉を切り裂きました。あっという間に彼等は子羊を生き返らせてから動き出した子羊の喉を切り裂きました。

それは単に気晴らしのためでした。気晴らしは以前から行われていました」

(ナレーション)
食肉処理場以外の場所でも生活のために動物を殺す人々には優しさや思いやりの欠如が見られます。

キャプテン・ポール・ワトソン「やっていることに鈍感になります。赤ちゃんのアザラシに近づいて頭を叩ける人の精神状態は子猫を踏みつけて殺す人の精神状態を同じではありませんか?どうして叩けるのか全くわかりませんが私はそんな人達を見てきましたし彼らは叩けない方が不思議だと考えているように思えます」

(ナレーション)
食肉処理場での動物に対する非常識な暴力は人間への暴力に変わることもあります。エイミー・フィッツジェラルド博士は、カナダのウィンザー大学犯罪学准教授です。博士の結論によると米国において食肉処理場と殺人や強姦を含む残忍な犯罪との繋がりは経験上事実であり作業員が175名の平均的な規模の食肉処理場がある地域の年間逮捕者は2.24人。年間犯罪件数は4.69件。他より多いそうです。

マスグレイブ「私が強く感じるのは動物の命を奪う行為に直接携わるということ。それは人間の心理的な面や人としてのあり方や生き方に関わることだと思います。私は人間に対して恐ろしい犯罪を行った人々の例をたくさん読みました。連続殺人犯などです。彼等は動物を何度も虐待したという過去がありました。

私達家族は優しくて穏やかな父を失いました。父は怒りっぽくなりました。そして父は母や子供の私達にとても暴力的にとても攻撃的になりました。それは全て父が毎日仕事でやらなければならなかっただんと。恐怖と死に囲まれていたことが原因だと思います」

(ナレーション)
マスグレイブさんの父親の家族に対する暴力は続きました。やがて彼は凶悪な事件を起こし刑務所に入りました。

質「あなたの父が刑務所に入ることになった事件とは?」

マスグレイブ「父は当時ストレスや頭と心をよぎっているものに対処できませんでした。そして母に八つ当たりしました。そして不幸にも父は家にあった銃で母を撃ちました。母は幸運にも死にませんでした。しかし障害を負いました。後日わかったのですが、父は事件の夕方母を撃った後、川に行き銃を口に入れて自殺しようとしました。しかし撃つことはできませんでした。そして父は、刑務所に入りました」

イングラム「私は嫌な光景をたくさん見ました。とても衝撃的な光景を。それらは頭から離れません。まるでビデオを再生するように再生され巻き戻され、そして再び初めから何度も再生されます。あの光景が頭から離れないからです。もう絶対にしません。たとえそれが最後の仕事であっても」

(ナレーション)

私達は心からレス・イングラムさん、J・マスグレイブさん。また作業員達が仕事中に経験する身体の危険と心の傷に関する今回の特集でお話を聞かせて頂いた他の人々に感謝します。このような破壊的で心身を衰弱させる仕事が存在せず動物達が穏やかに暮らせるビーガン世界に今すぐ住めますように。誠実な皆さん本日の番組をご覧下さり感謝します。注目すべきニュースに続いて啓発のエンターテイメントをお送りします・壮大な地球が常に平和でありますように。さらなる情報は、こちらへアクセス。

www.SupremeMasterTV.com/Stop-Animal-Cruelty

(ナレーション)